無意識に差額を投資し続ける

徳羊舎の濵田です

 

さあ『7つの習慣』学んでいきましょう

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相互依存のパラダイム p.329~370

愛の法則と人生の法則 p.360~367

なぜオバマは僕に会ってくれないのか(濵田的小見出し

昨日高校生たちとキャンプをしてて、最後にこんな話をしました

アメリカ大統領のバラク・オバマ

例えば僕がTwitterで彼に一時間インタビューさせてほしいと依頼しても「返事は絶対に来ない」と

 

当たり前すぎますよね

 

じゃあ何で当たり前なのか

例えば竹馬の友が半分冗談だったのかもしれませんが、

「10分あれば2,000円稼げる」

と言っていました

1時間だと12,000円

 

仮に僕が1時間に1,000円の価値しか生み出せない人間だとします

彼を酒飲みに誘う

2時間呑む

  

まず僕は飲みに誘うことで彼の2時間を「奪っている」

僕が彼に手渡せるものは2時間で2,000円相当の価値

彼が僕に手渡すものは22,000円相当の価値

結果、僕が実質的に差額20,000円分を奪う、あるいは彼が僕にプレゼントする形になってしまいます

 

オバマだったら「何億」でしょう

それだけの「犠牲」をオバマが払うことになります

「釣り合わない」からです

だから僕がオバマに連絡しても返事なんて来るわけない

当たり前の話です

それでも差額を支払う(そもそも差額とも思ってないけど…)

例えば自分の子どもに自分が支払う精神的・物理的コストなんて計算しませんよね

「単純にかわいい」からです

それで釣り合いが取れてしまう

 

その意味ではうちに遊びに来る高校生たちも同じ

彼らは際限なく僕の時間とお金と物資を奪っていきます

その自覚もない

でもそれは当然

まだ「子ども」だから

お前らは俺の友達ではない

僕の友達はすべて尊敬に値する人物です

逆に尊敬できないやつを僕は友とは呼ばない

だから尊敬できない友達は一人もいない

 

高校生たちに言いました

「お前らは全員俺から見るとクソダサい」

「お前らは俺の友達ではない」

 

当然、「一人の人間」として敬意は払っています

けれどもまだ友にはなれない

彼らはまだ「かわいい」という価値でしか僕と対等に付き合えないから

いつか

彼らにお願いしたことは、

「もしよかったらいつか、俺が『こいつかっこいいな…』と思える人間になってくれたら嬉しい」

 

それまで(いや、一生かな…)、僕は差額を投資し続けます

差額なんて計算してないし、普段は考えてもいないけど

 

高校生たちと僕は現在「劣等生ファミリー」です

けれども、僕が彼らを心から尊敬できるようになった日、僕らは対等な「兄弟」あるいは「友」になります

 

たぶん、「愛の法則」ってそういうことじゃないかな??

 

ほんじゃまたね!!